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ブラック・パンサーほか映画レビュー3本立て

注意 本文には「ブラック・パンサー」「スラムドッグ$ミリオネア」「ロジャーラビット」のネタバレが含まれます。

 

久しぶりの更新となります。

私事ですが、大学生になるにあたり学生寮に引っ越しました。詳細は伏せますが友達も何人か出来てなかなか楽しいものです。

今回はそんな寮の仲間と見た映画二本と、高校の親友と見に行った最新作についての感想をば。

 

まず一作目「ブラック・パンサー」。
待望のマーベルスタジオ最新作。単独映画ができる前までは「シビル・ウォー」に出てきても多くの人々(悪い表現で言えば「ニワカ」な人々)が「誰こいつ?」となったであろうキャラクターですが、今や世界中がワカンダ・フォーエヴァーの旋風です。今回は諸事情によりIMAX3Dでの鑑賞となりました。……色々とやばかったです。

正直ブラック・パンサーはスパイダーマンのような「ヒーローになる過程」「その段階で生じる挫折」があまり明確なキャラクターではありません。「最初からヒーローであることを決定づけられたヒーロー」と言えるでしょう。そんな彼がその責務の中でどのように成長していくのか、という部分に彼のキャラクターとしての面白みが集約されていると思います。その点で言えばこの作品はなかなか良いものだったと思います。

 

ストーリーで面白いと思ったのはブラック・パンサーことティ・チャラとエリック・キルモンガーの対比に尽きます。

同じワカンダ人でありながら、同じ護国の理想を持ちながら、そのアプローチの仕方は完全に異なります。部族間の平和を保とうとするティ・チャラと武力で他国を征服していこうとするキルモンガー。キルモンガー(死の商人)という安易なネーミングから、彼を祖国に恨みを持つただのヴィランにすることは可能だったかもしれません。実際前半部分の行動を見ていればそうとも見て取れますね。

しかし製作陣はそうはしなかった。原作でもそこそこ人気を持つユリシーズ・クロウ(音波ブラストを使っていたヴィランです。個人的にアンディ・サーキスの演技がドハマリでしたね)を殺してまでキルモンガーにスポットを当てたのは、この映画が単なる「アフリカすげー!黒人すげー!」のためだけにあるのではなく、「アフリカの国家としての在り方の理想(アメリカが作った”それ”の良し悪しは置いておいて)」を描くためにあるからだと思います。

前作「シビル・ウォー」で父を亡くし怒りに駆られるも、最後には犯人を許し成長したティ・チャラは本作で「王としてなにをすべきか」という壁にぶち当たります。手段を違えたキルモンガーや、父ティ・チャカをはじめとする先祖の所業にぶち当たり、一度は理想を見失います。しかし彼は、だからこそ共存の道を選びました。武力行使でも、孤立でもなく、外界に手を伸ばし分かち合う。ティ・チャラの選んだ道に、私はなんとなく人の追い求めるべき「共存」とは何なのか、と考えさせられました。

少し話はそれますが、俗に言うフェミニストと呼ばれる人たちを始めとする、あるひとつのマイノリティの現状を覆そうとする人々は往々にしてマジョリティと同じ立場にたとうとするのではなく、マジョリティを覆そうとするのです。その背景には女性蔑視然り黒人差別然り屈辱の歴史があるからなのですが、それってキルモンガーとやっていることは同じじゃないですか?もちろんその歴史は否定しませんが、かつて自分たちが憎んでいた者の轍を踏んでいることは明白でしょう。

争い、憎しみからは何も生まれない。許し、共生することが、長年虐げられてきたアフリカであるからこそ必要なのだ(本作の場合はワカンダという「孤立したひとつの世界」の中で「父の殺害」という屈辱を受けたキルモンガーという構図に投影されていますね)。前作におけるティ・チャラの状況ともどことなく被るこの教訓を、ティ・チャラは命がけでキルモンガーに教えようとしたわけです。結果としてキルモンガーは死んでしまいましたが、その顔にはどこかやすらぎの表情があったように思われます。それに、キルモンガーの無念を晴らすためか、ティ・チャラは国外に対し本格的に支援を開始します。キルモンガーのやろうとしていた「弱者の救済」を別の方法で実行するわけです。

さて、理屈っぽい話はここまでにして。

いやぁ、かっこよかったですねぇ!アクションがどれもスタイリッシュで、今までのMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)にはないような作品に仕上がっていましたね。3Dで見たから更にすごかったのかもしれませんが、キルモンガーとの決闘には目をみはるものがありました。ところどころでブラック・パンサーが使うエネルギー放出、格ゲーにありそうな必殺技ですが私は好きですよ。

ワカンダの描写は、アフリカ民族的な部分に関してはかなりの高評価じゃないでしょうか。映像美も相まって神秘的な雰囲気を醸し出し、近未来的設備と奇妙にも共存しているのは興味深いなと感じました。ただあまりにも技術力が高すぎて、現実味が薄いのが玉に瑕。トニー・スターク涙目ですよ。

神秘的といえばラ◯オンキ◯グの如き先祖と出会う場面は美しく、また物語上で重要な意味を持っていたように思われます。本作では王となるものが訪れる場所であり、自らの使命を再確認する場なのですが、キルモンガーの場合はあのアパートの一室で父親と向かい合う心象風景にはっとさせられました。「人間はいつか死ぬものだ」あの環境で培われた退廃的人生観こそ、キルモンガーの奥深くにあるものだったのかもしれません。

シュリやオコエ、ナキア、エムバクを始めとする登場人物たちも良いキャラクターに仕上がっていました。ところでシュリの発した「WHAT ARE THOSE !?」を理解した人はどれだけいたんでしょうか?……笑。少し前にVineなどで流行った、人の履いている靴が独特なものだった時に大声でコレを叫んでツッコむというものです。BTTFも視聴済みのようですし、シュリはティ・チャラとは対照的に現代っ子のイメージがあります。

 

語りたいことはまだまだあるのですが、総評として非常に良く出来た映画です。アクション超大作として何も考えずに見るも良し、人々の共存の道についてじっくり考察するもよし、ワカンダのアフリカ的世界観に憧れるも良し。色々な楽しみ方が出来る映画というのはいいものですね。

アベンジャーズ最新作に繋がる作品でありながらその要素が薄かったのも高評価。アイアンマン2のように続編ならまだしも、オリジンに当たる作品なのでそこは死守してくれてよかったです。とはいえ布石も忘れない、用意周到なやつです。

 

「ブラック・パンサー」についてだいぶ語ってしまいましたので、残りの二本についてもそろそろ触れます。

一本目は「スラムドッグ$ミリオネア」。インド映画なんだそうですが、この手の作品でここまで引き込まれるのも久しぶりです。一人の青年が数奇な運命を辿り、クイズの問題とともにそれを振り返っていく。主人公ジャマールの人生は苦難と恐怖、挫折の連続で、過激な描写も多く暗いものばかりです。そんな彼が小さな頃に出会った少女ラティカ。離れ離れになろうとも、引き離されようとも、拒絶されようとも、ジャマールはラティカを求め続けた。一縷の蜘蛛の糸を掴もうとするジャマールの姿は生々しく、後半「愛している」「だから?」の会話は見ているこちらもジャマールと同じ挫折、衝撃を感じました。最後にはハッピーエンドなのが良かったですね。クレジットでの、インド映画恒例のダンスも微笑ましかったです。(警察の痩せたおじさん、どこかで見たと思ったら「ジュラシックワールド」のヘリコプター操縦できるCEOでした)

二本目は「ロジャーラビット」。何度も見ているディズニー実写+アニメ合成映画の傑作です。もうこの映画はどのキャラクターにも魅力があるのがすごい。ディズニー映画にしては少しアダルティでブラックジョークやFワードすれすれの暴言も出てきますが、ストーリーは単純明快、飾り気のない奥深いものに仕上がっています。クリストファー・ロイドの怪演や今は亡きボブ・ホスキンスの名演、正直この映画はもっと知られてもいい、そう思わせてくれる作品です。

 

ここまで書いて思いましたが、なんだか三本とも「弱者が何らかの方法でその壁を壊すこと」をテーマとしているような気がします。ジャマールは自らの運命に、ロジャーラビットはトゥーンタウンを壊そうとする権力に、それぞれの方法で立ち向かいます。ジャマールは己の信念でクイズに出場し勝ち抜き、疑惑もはねのけ見事ラティカと巡り会いました。ロジャーラビットは笑いで人に影響を与え、結果としてボブ・ホスキンス演じるエディ・ヴァリアントの心をも変えていきました。これらは彼ら特有の武器ですが、人を傷つけるものではありません。ティ・チャラの求めた共存も、孤立や格差を打ち破る一種の「武器」でしょう。いずれにせよ、憎しみからは何も生まれないのです。基本的なことですが、色々と考えさせられる三本でした。

余談ですがコレを書いている現在、もう午前1時です。一段落したのでとりあえず寝ることにします。ではまた。